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喫煙と依存

私たち夫婦はタバコを吸わない。タバコの煙を吸うだけで気持ちが悪くなる。
だからといって、タバコを吸う人に「吸うな」とは言わない。歩きタバコしている人を見かけても、後ろからいきなり殴り倒したりしない。(煙を吸わないように避けるけれど)
ただ、ヘビースモーカーの父には「減らしたら?いっそのこと止めたら?」という。肉親だから健康も心配だからね。

で、26日付けの毎日新聞の社説。

社説:視点 禁煙治療 依存症の軽重無視する子供っぽさ

 06年度の診療報酬改定で「ニコチン依存症管理料」が認められた。保険が適用されるということは、その症状が公的に「病気」とみなされる、ということだ。まるで「喫煙は病気」のような雰囲気になってきた。
 しかし、喫煙が病気ということではない。禁煙しない人に保険は適用されない。自分で禁煙した人にも保険は適用されない。自分では禁煙できずに、医師の治療を求めた場合にのみ保険が適用され、病気とみなされるのだ。
(中略)
 かつて喫煙者が、間接喫煙被害者の苦痛に鈍感であったことは事実だ。しかし、すべての喫煙者を医師の診療なくして禁煙できない人とみなして病人扱いする風潮には、かつての喫煙者の鈍感さに通じるものがある。(北村龍行)
毎日新聞 2006年2月26日 0時05分

 結論は最後の段落に。つまり、「喫煙者を病人扱いするな」ということか。しかし、ニコチン依存者が実際に存在して、保険で認められることになったのが、そんなに気に入らないのだろうか?喫煙者がひとくくりにされていることが嫌なのだろうか?何に原を立てているのか、よくわからない。喫煙者なら気持ちがわかるのだろうか?

 この記事の中でいくつか気になったことがある。

 「依存症」はどうだろう。離脱症状や禁断症状はあるが、禁煙社会化するなかで喫煙者はすでに、可能な時と場所でしか喫煙しなくなっている。離脱・禁断症状は喫煙者によって克服されている。

 何ヶ月か前のエントリーでも書いたけれど、千代田区の喫煙禁止ゾーンでもタバコを吸っている人間は少なくない。禁煙のはずの駅のホームでも吸っている人も見かける。一部の人間なのかもしれないけれど、そうした人がいるのは現実。こんな風に断定的に書ける根拠を教えて欲しい。

 ニコチンは依存症を生む。しかし、それが本人あるいは周囲に及ぼす影響は、アルコールや他の薬物に比べて明らかに低い。喫煙率が下がり続けているが、非喫煙者と禁煙者の増加によるものだ。禁煙者の増加自体が、たばこの依存症が重くないことを証明する。さらに、たばこの害は科学的に証明されていると主張するなら、たばこの販売自体の禁止を主張すべきだろう。依存症だからといって、影響の軽重も考えずに病気扱いするのは、正義のためなら人を傷つけてもいいと考える子供にも似て、社会的成熟に欠ける。

 「周囲に及ぼす影響は~低い」というのは、例えば薬物中毒で起きる犯罪のようなことがニコチン中毒では起きていない、ということなのだろう。しかし、アルコールや薬物は、伏流煙を出さない。伏流煙によって周囲に不快感やガン発生の危険を与えている影響は考えられないのか。母親あるいは父親が喫煙している場合、乳幼児の死亡率が高いのはなぜなのか?
 喫煙率の低下を「非喫煙者と禁煙者の増加」と書いておきながら、次に禁煙者だけが増加しているような書き方なのはなぜだろう?喫煙率が下がっていて、なおかつ非喫煙者の増加が禁煙者の増加よりも少ないとなって、はじめて「禁煙者が増加した」といえるのではないだろうか。ざっと探してみたが禁煙者が増えたという数字は見つからなかった。ここの資料を見ると、むしろ若い女性の喫煙者が増えているように受け取れるのだが。
 さらに、「影響の軽重を考えずに」というのは、影響が軽かったら病気扱いしなくていいということだろうか?であれば、喫煙は影響が大きいのだから、病気扱いは当然ということになる。

 毎日新聞の北村なる記者が喫煙者であることは想像に難くないが、非喫煙者に対する影響をまったく無視した記事は、あまりにも一方的すぎるのではないだろうか。

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コメント

>喫煙者なら気持ちがわかるのだろうか?

うーむ、わかませんねえ。ちょっと論拠がめちゃめちゃという感じで、喫煙者ならわかるか、という以前に、内容が変です。

この記者、自分で「喫煙が病気ということではない。」っていきなり書いていて、そのあとの展開に妙なところがあるのは、気がつかないんでしょうかねえ。「飲酒が病気ということはない。」と置き換えて、アルコール依存症について、同じようなことをいえるのか。

喫煙や飲酒が病気もしくは病気のような扱い、なのではなく、それらの「依存体質」を克服できそうもない「依存症」が、病気と同じ扱いだ、というだけのはなし。

それよりも、アキバなどの路上喫煙を制限している地域でタバコを吸うのだけは、やめてほしいんだけどなあ。喫煙者だからこそ、そう思うんだが。

余談。私はタバコをやめようと思ったことはないんですが(量はずいぶん減りました)、一週間くらい喫煙しないことがあっても、よくはなしに聞く「禁断症状」のようなものが、まったく出ないんですね。この期間、体調が悪いから喫煙しないわけではありません。だからといってニコチン依存体質ではない、とはいえないでしょうけど、ちょっと不思議。じゃあ禁煙・断煙は簡単じゃないのか、というと、それはまた別のおはなし :-)

うぅ、コメントもらってからタイトルとカテゴリ設定し忘れたことに気が付いたっす(><)

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