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SFの中のロボットたち(1)

■SFの中のロボットたち~ロボット誕生

 “ロボット”という言葉は、チェコの戯曲作家カレル・チャペックが1920年に発表した『R.U.R(ロッサム万能ロボット会社)』という作品の中で「労働する機械」として作り上げた言葉です。チェコ語で強制労働を意味する“ロボータ”とスロバキア語で労働者を意味する“ロボトニーク”というふたつの言葉を合成して生み出したものといわれています。当時のチェコは政治的に混迷期を迎えようとしており、ロボットは『労働者から労働機会を奪う者』であると同時に『資本家(主義)に搾取される労働者』のメタファーとも考えられます。ただし、チャペックの創造したロボットは現在のイメージとは異なり、今で言えばクローンに近いものでした。とはいえ、イデオロギーとは無関係に、人のように行動する機械、時に人の代役となり、時に人間以上の能力を発揮するロボットというアイディアと名前は、時とともに広く世界に浸透していくことになります。

 1926年には映画『メトロポリス』(1926)に女性型ロボット「マリア」が登場し、金属に包まれたロボットのイメージを強く印象付けました。映画『スター・ウォーズ』サーガに登場するロボット(ドロイド)「C3PO」は、金色の外装といいデザインといいメトロポリスのマリアとそっくりで、マリアへのオマージュであることは明らかです。

 同じ映画では『禁断の惑星』(1956)に登場した「ロビー・ザ・ロボット」が人気を博し、その後、『ミステリーゾーン』や『宇宙家族ロビンソン』、『刑事コロンボ』にも登場しました。ヒューマノイドタイプでは、このほかに『ターミネーター』シリーズに登場するt-101やt-1000などのサイバーダインシリーズもいます。ヒューマノイドタイプ以外では、『サイレント・ランニング』(1974)に登場する3台のロボット(ドローン)が印象的です。この映画は個人的に大好きな映画なのですが、最初は作業用ロボットでしかなかったドローンたちが、主人公によって、デューイ、ヒューイ、ルーイと名付けられてから、少しずつ人間のような個性が見えてくるのです。

;禁断の惑星 サイレント・ランニング

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?ハヤカワ文庫 SF (229) 小説では、イアンド・バインダーの『アダム・リンク』シリーズに登場するアダム・リンクや『キャプテン・フューチャー』シリーズのグラッグとオットー、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968,映画『ブレードランナー』原作)に登場するレプリカント、フレッド・セイバーヘーゲンの『バーサーカー』シリーズ、ジェイムズ・P・ホーガンの『造物主の掟』その続編である『造物主の選択』に登場するロボットたち等々、枚挙に暇がありません。

 ここに挙げたロボットは、多くがいわゆるヒューマノイドタイプと呼ばれるロボットです。日本ではロボット=ヒューマノイドタイプというイメージが強くありますが、海外ではそうではありません。例えば、ロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』に登場する「マイクロフト」(愛称はマイク、後にアダム・セレーネを名乗る)は、人工知能を備えた巨大コンピュータですし、複数の作家が共同で執筆している『宇宙英雄ペリー・ローダン』シリーズでは、「ロボット脳」というコンピュータが登場します。動かなくてもロボットと呼ぶあたり、考える機械=ロボットという認識があったのかも知れません。

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