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世に紛争の種は尽きまじ

昔パソ通、今Blog。
時代は変わっても、議論の種は事欠かない。

さて、自分のBlogが炎上してしまったらどうするか。
私の考える最良の方法は、『真摯に対応する』ということだ。もし、自分が間違っていたならば、素直に謝罪する。自分の意見が正しいと思ったら、その論拠を提示する。実にシンプル。ただし、大勢を相手にしなければならないので、精神的に大きなプレッシャーやストレスが掛かることは覚悟しなければならない。まず、炎上しないようにするのが一番だろう。
私もモノを書いてメシを食っている身の上なので、日記とはいえど書いたものに責任を負う。ペンネームじゃなくて本名だし、簡単に閉鎖して逃げるなんてことはできない。好きなことを書いているようにみえて、少しは考えていたりする。

炎上への対応については、立場の違いもあるだろう。匿名の個人であれば、Blogを閉鎖してしまうという方法が一番簡単。現にそうしたケースも少なくない。炎上したBlogを閉鎖してほとぼりが冷めた頃、別の名前でBlog開設するのも簡単だし。まぁ、その人にとって“逃げた”ということがトラウマにならなければいいのだけれど。

著名人の場合、Blogを閉鎖してお仕舞とはならない。別のメディアで露出したときに、“炎上したBlogを放り出して逃げた”というイメージがついてしまうから。ジャーナリストやそれに順ずる職業の人たちなら、なおさらだ。もし、Blog閉鎖して逃げ出したら、それ以降の記事のみならず、それ以前の業績についても疑念をもたれてしまう。ネットの中のことだから、騒いでいるのは一部の人間という考えもあるかもしれないが、噂というものはどのように広がるか分からないし、第一、ネットを過小評価しすぎだろう。

ここで、ケーススタディ。
まず、元日本テレビアナウンサー薮本氏のBlog

例の日テレアナウンサー盗撮事件に絡めて5/19付けのエントリーで、「若い女性が露出しすぎ」「男はそういう生き物」という内容で男性アナウンサーを擁護する内容を掲載したところ、コメント欄が炎上した。その後、一旦記事を削除→再度掲載→さらに炎上。手が付けられない状態で、5/26には、「今回寄せられた全てのコメントを一度見直す必要があると思いますのでいったん、本文とともにコメント欄を閉じさせていただきます。」と掲載し、その後長い間更新しなかった。……と思ったら、突如怒涛の更新。コメント欄、トラックバックは不可になっている。分かりやすいといえば分かりやすい対応だけど、結局逃げちゃったのね、と言われるだけだ。「一度見直す」と言ったからには、それにちゃんと応えないといけない。

日テレの盗撮アナウンサー事件については、またいろいろと言いたいことがあるけれどまた別の機会に。

もうひとつのケースは、先日も取り上げた花岡信昭氏のBlog

最後の投稿が6/5で更新が止まっている。このまま嵐が通り過ぎるのを待つ作戦かと思ったら、自身のメールマガジンでとんでもないことを書いてしまった。

 「ブログ大炎上」の余波でしばらく更新が滞った。多くの読者から「どうしたのか」と“お見舞い”をいただき、ご心配をおかけした。改めてお礼とお詫びを申し上げたい。なにやらあちこちに飛び火して、思わぬところに迷惑をかけそうな雰囲気になったので、こちらも沈黙せざるを得なかったのだが、黙ってはいられない事態が生じた。北朝鮮の「テポドン2号」発射情報である。そこでまずメルマガ再開といきたい。

 「ブログ」のほうは、友人のアドバイスもあって、このまま放っておくことにする。こちらの過去まで洗いざらいさらけ出されて人格非難までやられては、まともに反応してはいられない。コメントに回答せよと求められても、1500通を超える多種多様な意見に対応できるわけがない。「炎上」というネット社会の「祭り」をご覧になりたい方は、どうか上記のサイトを開いていただきたい。当方ではコメントのほとんどを削除していない。スパムメールを削除する作業のさい、うっかり消してしまったのが数本ある程度だ。「炎上」に見舞われると、本文もコメントも全面削除して閉鎖というのが通例のようだが、「大炎上記念版」として永久保存したい。この一件、多くのブログでお取り上げいただいているようだが、Googleで筆者の名前を検索すると20数万出てくるので、関心のおありになる方はそちらもご覧いただければと思う。ブログは改めて、別のものを立ち上げたい。

……絶句。突っ込みどころが多すぎて。

パソコン通信の時代、フォーラムで起こったことはフォーラムで、ボードで起こったことはボードで、それぞれの場で決着を付けるということが、コンセンサスとして存在した。それは、議論を無闇に広げない、当事者間で決着を付けるためのルールで、今ならば「Blogで起こったことはBlogで」ということになるだろう。
どのような友人にアドバイスを受けたのかは知らないが、「このまま放っておくこと」は考え得る限り最低最悪の対応と言わざるを得ない。(全ての文筆活動をやめて放り出すなら別だが)
「人格非難」というが、そんなのは極々一部だし無視すればよい。「1500通を超える多種多様な意見に対応できるわけがない」というが、いきなり1500のコメントが付いたわけではない。放置していた結果に過ぎず、コメントの少なかった初期段階で対応していれば済んだ話だ。コメントの中にはちゃんとした意見も多いのだが、それすら読んでいないのだろうか?

そして、今のBlogは放置して別のBlogを立ち上げるという。
前述したように、匿名の個人ならそれもいいだろう。だが、花岡氏はジャーナリストを名乗っている人物だ。せっかくのコメントを自分と異なる意見が多いからといって無視し、放置していいものだろうか?そんな誠意に欠ける人物が、政府や政治家を批判してもどれほどの重みを感じることができるだろうか?
もし、新しいBlogを開くなら、ジャーナリストの看板は降ろしてもらいたいものだ。

蛇足だが、Googleを全角で書かれるとなんだか変な感じだ。どうやら花岡氏は半角がお嫌いらしい。縦組みだと大変だからね>半角。

花岡氏にしても薮本氏にしても、著名なだけに逃げるに逃げられない……本人たちにとっては辛い状況に追い込まれるわけだが、そもそも、初期段階での消火活動がうまくいかなかったから招いたことだ。

これら2つのケースと対照的なのが、偽メール事件の時に紹介した民主党長島議員のBlog『翔ぶが如く』だ。

ここでもコメント欄が「炎上」したが、コメントに対してもきちんと謝罪すべき点は謝罪し説明すべき点は説明するというすばらしい対応を見せた。
そのお陰なのだろうか、コンスタントに大量のコメントが付くようになった。中には書き逃げみたいなコメントもあるが、ちゃんとエントリーに関連するまじめな意見が多い。それも、長島議員が「ちゃんとコメントを読んでいる」ということが分かったからだろう。ちゃんと伝わっているということが分かれば、炎上ではなく議論ができるという良い例だと思う。

インターネットもBlogもツールだ。どんな風に使うかは個人の裁量による。すばらしいツールにするか、それとも逆か。これらのケースから得るものがあるはずだ。

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