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匿名と実名

 昨年3月ごろに「匿名と実名」に関して、多くのブログで論議がされていた。その時には余り気にしていなかったのだが、最近、マスコミから匿名をネガティブに捉えた論調の記事がいくつか公開され、それを目にして思うところがあって自分なりの考えをまとめてみた。

匿名は信用できないか?

 「匿名は信用できない」という意見がある。主にインターネット上の発言について、そうした意見を持つ人が多いようだ。確かに、2ちゃんねるなどの匿名掲示板では、いわれなき避難や誹謗中傷、罵詈雑言、でたらめな情報を書き込む人間もいる。既存のメディアの枠組みからすれば、匿名を隠れ蓑に言いたい放題、信用ならん、と考えるのも無理ないと思える。

 だが、それはネット上の発言を既存のメディアのルールで考えるからであって、決して『匿名=悪』ではないのだ。既存のメディアと異なるネット上では、様々な情報が飛び交っている。その中には害になるものもあれば、役に立つものもある。その中から有益な情報を拾い出すのは、受けて側の仕事なのだ。情報を流す側が主役だった既存メディアに対し、ネットメディアは受けて側が主役になる。使い古された言葉を借りれば、メディアのパラダイム・シフトだ。すでに、匿名だから、実名だからということは、その情報の価値を判断する目安のひとつにしか過ぎなくなっているのだ。

情報の質を見極める

 それでも既存メディアは、ネット上の発言を“匿名であること”を理由にして、「便所の落書き」だの「ごみ溜め」だのと攻撃し続けるだろう。そうしなければ、彼らの存在理由が脅かされるからだ。しかし、既存メディアのそうした宣伝に騙されてはいけない。匿名か実名か、ということは、“情報の質”にはまったく関係ないのだから。

 匿名の情報の中にも匿名でしか流せない正しい情報--例えば内部告発や自分に危害が及ぶような場合--もあるだろうし、逆に、大手新聞の署名記事にも誤報や捏造がある場合もある。匿名だが質のよい情報、実名だが質の悪い情報、という組み合わせもありうるのだ。情報の良し悪しは、中身を読み、検査し、できれば複数の情報源と比較して決めるべきだ。情報の比較検討は、以前なら難しいことだったが、インターネットの発達した現在なら、特に難しいことはない。

実名情報は信頼性が高いのか?

 では、既存メディアが善とする「実名」は、果たして情報に信頼性を与えるものなのだろうか?表面上はYESだ。「テレビに出てる人だから」「有名な人だから」ということで、その人の言葉を信じてしまう人は多い。また、著名人・有名人の場合、うかつなことをいえば、叩かれたり批判されたりという(程度の差はあれ)リスクを背負っている。そうしたリスクを考えずに思ったままを口にする人も仲にはいるが…。ただ、だからと言って、その情報を鵜呑みにするのはどうか。個人的にその人物を信用する、しないは個人の自由だが、「有名人の話=信頼性が高い」という図式は必ずしも成り立たない。信頼できる人もいれば、そうではない人もいる、といったあたりが現実だ。

 さらに言うと、実名であるかどうかよりもその人の「肩書き」で判断してしまう人も少なくない。例えば、○○大学教授、▲▲協会理事なんて、如何にも専門家らしい肩書きでテレビに登場する人々。彼らの言うことは全て正しいのか?そうではあるまい。同じ人が匿名でネットに書き込んだ情報は信頼せず、肩書きをつけて書いた情報は信頼される、というのもおかしな話だ。それだけマスコミが誘導してきた権威主義の罠にずっぽりとはまり込んでいる人が多いということにもなるのだが。

実名を検証する難しさ

 有名人からの情報を信じる人が多いと書いたが、よくよく考えてみれば、有名人=実名とは限らないことに気が付く。作家はペンネーム、芸能人は芸名というケースがある、というかむしろ本名で活動している人よりも、ペンネーム・芸名を使っている人の方が多いだろう。作家の中には、複数のペンネームを使い分ける人や何人かでひとつのペンネームを使う人もいる。匿名が許せないという実名主義の人々は、当然、ペンネームや芸名を拒否するべきだろう。

 ペンネームや芸名に思い至れば、当然、次のような疑問が沸いてくる。

「実名っていうけど、あなたのそれ、本名なの?」

 テレビでよく見るキャスターやジャーナリストが『本名です』といっても、我々には確認のしようがない。戸籍謄本でも取り寄せてみれば分かるが、昔と違って個人情報にうるさい現在ではそんなことはできない。本人の言葉を信じるしかない。鶏が先か?卵が先か?これは、どの程度本人を特定できる情報を公開すれば実名として扱われるのか?という問題にも繋がる。

 有名人の中には、(ブログが炎上した際などに)『匿名の奴らと話す気はない、実名で来い』などという理論を振りかざす人がいる。それも結構だが、それならば自らが実名であることを証明してからにするべきだろう。そうでない以上、例えばメールアドレスやサイトURIを公開しているなどのように、ある程度の情報を公開している相手なら実名扱いで議論してもよいのではないだろうか?

 余談になるが、著名人・有名人が本名を公開することと、一般人が本名を公開することでは、リスクの高さが違う。一見、著名人・有名人の方がリスクが高いように思えるがそれは逆だ。著名人・有名人は(一部を除いて)身を守るだけの財力や縁故がある。だからこそ、問題を起こしたときに仕事をしなくてもホテル住まいを続けたり、小さな病気でも入院して世間の目から逃れることができる。一般人はそうではない。例外もあるだろうが、ほとんどの場合、攻撃に晒されて耐え抜くだけの財力などないだろう。財力や縁故の力を持つ著名人・有名人と一般人では、そもそも立つ位置が違うのだ。言い方を変えれば、匿名は一般人が身を守る術とも言える。

ペンネームがOKならハンドルだって

 有名人のペンネームや芸名が、信頼されるのであれば、ネット上で使われるハンドルであっても同じような信頼性を持たせることが可能なはずだ。もちろん、信頼を得られるだけの積み重ねが必要になるわけだが。

 ハンドルなんて勝手に名乗れるじゃないか、と思う向きもあるだろう。だが、それはペンネームや芸名だって同じこと。すでに存在するペンネームや芸名と同じものを名乗ることだって不可能じゃない。その名前の認知度や重要度によって、異なるだけだ。(現実に、同人界に於けるPNかぶりなんてよくある話)それなのに、ペンネーム・芸名は認めてハンドルは認めないというのは、おかしな話ではないだろうか?

 ちなみに2ちゃんねる(同様のシステムを持つ掲示板も)では、“トリップ”という方法でハンドルに単一性を持たせるしくみもある。トリップとは、ハンドルに続けて # とパスフレーズを入力することで、パスフレーズが一対一の文字列(◆abcdefg123のような)として表示されるというもの。発言する際に、ハンドルと独自のパスフレーズを使用すれば、同じ人間の発言だと認識される。ただし、パスフレーズが漏れたり解析されたりしてしまえば、ハンドルを騙る人間が現れることもある。

 こうした事柄から、むしろネットでは実名を維持することが難しいということが分かる。昨年、総務省は情報フロンティア研究会の報告の中で、ネットでの実名システムの推進をという提言を行っている。このレポートは、匿名性を排除するものではなく、匿名性はネットに不可欠なものとして、より実名性の高いシステムを推進していくべきというもの。図らずも匿名性を排除して実名性だけのシステム構築が難しいことの傍証ともなっている。むしろ、匿名性はネットの特徴であり、実名性との両立も可能だと言う意見に思われる。このレポートについては、下記の記事を参照されたい。

「ネットに匿名性は不可欠」総務省(ITmedia)

 この提言に関する報道でも、マスコミがネットワークの匿名性を恐れているのではないかと邪推してしまう。

実名主義は砂上の楼閣

 実名でなければダメ、という人の中には、『匿名発言は責任回避だ』という人もいる。確かに無責任な匿名発言はある。しかし、匿名掲示板である2ちゃんねるであっても、犯罪予告などでは逮捕された事件もある。匿名発言といっても、IPアドレスの記録は残り、サーバー上のログを辿れば発言者に辿りつくことも不可能ではない。従って、匿名だからといって法律を無視したような無責任な発言はできない。(ということに気が付いていない人も少なくないが)

 一方、実名で発言する人々は、発言の内容に誤謬があればその責任を取っているのだろうか?必ずしもそうではない。誤りを認めたがらない人やなかったことにする人、簡単に謝罪するだけで済ませてしまう人、等など。どうして「実名なら責任ある発言ができる」ということになるのだろう?

 ネットと新聞は、同じ文字で伝えるという点で対比しやすいメディアだが、私に言わせれば新聞も匿名メディアなのだ。記者の署名記事であっても、その人物が本当に実在するかどうかなんて確かめようがない。たとえ「△△という記事を書いた、××という記者と話したい」と新聞社に電話したところで断られるだろう。いや、○○新聞という看板を背負っているんだ、と反論されるかもしれない。それは違う、新聞社という看板を背負っているんじゃなく、新聞社という看板に守られているのだ。その証拠に、新聞は誤報を出したり誤解を与える記事を発信しても、滅多に謝罪しないではないか。謝罪したとしても記事を書いた記者本人が前面に出てくることなど皆無だ、少なくとも私の知る範囲では。

 そもそも情報の中身が問題なのであって、匿名だろうが実名だろうが関係ない。ネット時代においては、匿名vs実名という議論そのものが空虚なものといえるだろう。

 本当は、パソコン通信時代の話やSNSの話も加えるつもりだったが、話が関係のない方向に伸びて行きそうなので今回は割愛した。

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コメント

こんにちは。趣旨に激しく同意してしまいました。特に署名無しの新聞記事でネットの匿名性を攻撃しているのはプラクティカル・ジョークのようです。
実質を見たくないときに形式に逃げる(部下がいいことを言ってもおまえはまだ若いとか)論法の新展開でしかなくて、匿名性で言論の質を押し下げるのは結局質で勝負したくない(できない)者の卑怯な逃げワザにしか見えません。

そらまめさん、こんにちは。
そうなんですよねぇ。マスコミはネットの発言を匿名だからと非難するんですが、自分のところの不祥事は報道しなかったりして、匿名・実名以前の問題だろう?と言いたくなります。

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