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新聞週間に思う新聞のいい加減さ

 15日から新聞週間だったそうだ。それに合わせていくつかの新聞社から新聞週間にちなんだ社説が出ている。ざっとながめたところ、「新聞にはインターネットにないものがある」という論調のようだ。では、ネットになくて新聞にあるものとはなにか?ネットは誹謗中傷が溢れ不正確な情報が溢れているのに対し、新聞の記事は「信頼」できて「正確」なのだという。しかし、ここ最近の新聞報道を見ていると、果たして信頼にたるものなのかどうか頭を傾げたくなるのも事実だ。

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ネットにない使命がある 新聞週間(10/16 西日本新聞)

 インターネットの普及で、日々のニュースの情報収集は「ネットで済ませる」という人が増えている。毎日のニュースはテレビやラジオからでも分かる、という人も少なくない。

 では、最新の情報が秒単位で入ってくるネットやテレビなどと比べ、速報性で劣る新聞の役割は薄れたのだろうか。

 15日から始まった新聞週間に先立ち、本紙の「こだま」欄が特集した読者の投稿は、「新聞を切り抜きすれば、繰り返し読める。読む度に感動が新たになる」「はんらんする情報の中で、心を動かされる記事に出合い、知識の宝庫に巡り合える恩恵に感謝する」といった激励や注文で埋まった。

 ネット上には、真偽のはっきりしない無責任な情報もはんらんしている。誰でも匿名で簡単に書き込みができるネットの掲示板では、プライバシー侵害や名誉棄損につながるようなトラブルも相次いでいる。

 そんな状況が広がっているだけに、新聞の「信頼性」や「公共性」に対する期待が大きいのだろう。日本新聞協会が募集した今年の新聞週間の標語には「ネットでは分からぬ真実ここにある」というものもあった。

 読者の信頼にどこまで応えられるか。これが、私たち新聞人に課せられた使命である。これまで以上に、あふれる情報が正しいかどうかを吟味し、かみくだいて人々に伝える役割を果たしたい。
(後略)
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 どこの新聞にも見られるが、「読者の声」として自分たちの意見をあたかも一般読者の意見かのように発表するのは新聞の悪い癖。自分たちに都合の良い意見ばかり取り上げるのはいかがなものか。「激励や注文で埋まった」のに、注文は掲載せず激励しか見当たらないのはバランス感覚に欠けている証拠だ。

新聞を切り抜きすれば、繰り返し読める。
ネットの情報だって、切抜きして保存できる。その上、検索も容易で場所も取らない。ネット上にあれば、多くの人間が共有できる。明らかに新聞よりネットの方が優れていると思うのだが。

はんらんする情報の中で、心を動かされる記事に出合い、知識の宝庫に巡り合える恩恵に感謝する
意味不明。確かに情報を取捨選択するスキルがユーザーに求められるのは確かだが、新聞社様の各記事だけ読んで感謝してればいいってこと?

 そして、きめ台詞のように「ネット上には、真偽のはっきりしない無責任な情報もはんらんしている」と、ネガティブキャンペーンを張る。真偽がはっきりしない情報があれば確かめればいい。それがネットの利点。無責任というが、その情報をどうするかは受け手の自己責任じゃないのか?第一、無責任といったら新聞だって、誤報に対してちゃんと責任を取っていると言えるのか?小さく謝罪記事出したぐらいじゃ責任取ったとはいえないよ。

 ネットを貶めて新聞が上にあるかのように見せようとするから、「読者の信頼にどこまで応えられるか。これが、私たち新聞人に課せられた使命である。」という言葉に真実味がなくなってしまう。新聞とネットは違うメディアなんだから、上も下も無い。ネットを貶めても、新聞の地位が上がるわけじゃないのに。

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社説:新聞週間 未来に役立つ報道心がけて(10/16 毎日新聞)

(前略)
その新聞も、ニュースを伝える速さでは、テレビにもインターネットにもかなわない。日本新聞協会が05年10月、6000人を対象に各メディアへの印象や評価を尋ねた調査(複数回答)では、「情報が速い」と評価する人は、ネットが46・6%で最も高かった。テレビ、ラジオと続き、新聞は16・8%にとどまった。

 しかし、情報そのものに向けられる評価になると違ってくる。「情報が正確」との評価は新聞が42・8%に対し、ネットは12・8%。「情報内容が信頼できる」は新聞38・1%に対し、ネットはわずか6・3%だった。読者が新聞に寄せる信頼度が高いことを調査結果は示している。

 新聞は読者の信頼に支えられている。その信頼に、新聞は十分に応えていかなければならない。しかし、新聞をはじめとするメディアの活動が、公権力の行使によって妨げられかねない事態が起きている。

 個人情報保護法に端を発し、行政機関は情報を出し渋り、匿名発表を増やす傾向が強まっている。そのため取材や報道に困難を伴う状況も生まれている。公正取引委員会が新聞の値引き販売を禁止する特殊指定を廃止しようとする動きもあった。新聞の宅配制度を崩しかねないと反対の声が上がり、廃止は見送られたが、同様の動きが再び起きないとは限らない。

 最高裁が今月、記者の取材源秘匿を正当と認める決定を出したのも、国民の知る権利に奉仕する報道の使命を重く見たからにほかならない。国民の知る権利が損なわれるような事態には、断固として立ち向かわなければならない。

 一方で、プライバシーに踏み込む心ない報道や、取材対象に記者が殺到するメディアスクラム(集団的過熱取材)の問題など、報道する側が課題を克服し、市民の信頼をつなぎとめていかなければならないこともまた当然である。

 ニュースの真相や背景に迫る。権力を監視し、埋もれている不正を明らかにする。多様な意見や価値観を紹介し、世の中がいい方向へ動くよう問題提起する。いずれも新聞に課せられた使命だ。

 責任の重さをかみしめ、未来の構築に役立つ報道を心がけていきたい。
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 西日本新聞よりはマシ、とはいえ、こちらでもネットに対抗意識を燃やしている。「読者が新聞に寄せる信頼度が高いことを調査結果は示している。」とあるが、新聞の記事が正確で信頼できるとする人は、4割前後という数字でしかないことに危機感は持たないのだろうか?半数以上の人が、新聞記事が正確じゃない、信頼できないと思っているということになるのだが。ネットの正確性信頼性が低いと喜ぶんじゃなくて、もっと新聞記事の正確性、信頼性を上げなければ、という話になぜならない?

 そして、「匿名」である。以前のエントリーでも匿名と実名に触れたが、匿名を非難するのであれば、新聞記事は必ず署名つきにするべきで、記者のプロフィールをネットで公開し過去の執筆記事にもアクセスできるようにしなければ、新聞だって匿名で情報を垂れ流ししているのと同じこと。記者の署名すらない社説で、匿名批判されてもなぁ。

 「個人情報保護法に端を発し、行政機関は情報を出し渋り、匿名発表を増やす傾向が強まっている。そのため取材や報道に困難を伴う状況も生まれている。」
 自分たちが“記者クラブ”なんて勝手な団体を作って情報の囲い込みをしておきながら、行政機関から情報が出てこないことを批判するなんて片腹痛い。隗より始めよ、だろ。

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社説:重い責任を果たしたい(10/15 中日新聞)

(前略)
 新聞の内容ではなく、個別配達制度こそネットの及ばぬ優れたシステム。新聞の総発行部数、普及率を世界に冠たるものにした、という識者もいます。

 このほか「ネットでは分からぬ真実ここにある」(和歌山市・田中克則さん)「見分けよう確かめようあふれる情報新聞で」(名古屋市・早川吉彦さん)「宅配に人のぬくもり世間の動き」(茨城県日立市・渡辺忠夫さん)「メールより配る心と読む支え」(徳島市・宮城一成さん)-。インターネット社会に立ち向かう新聞、その応援歌が最近の新聞標語の特徴のようです。

実名は人間存在の証し

 新聞週間に向けて開かれた本紙のご意見番たちの「新聞報道のあり方委員会」では、政治報道、戦争の検証、実名と匿名報道問題が大きなテーマでした。

 小泉政治のこの五年余はテレポリティクスの極致でした。毎日の「ぶら下がり」会見、テレビから流れてくるのは首相のメディア戦略の確かさと巧みさで“記者活動の不在”を印象付けかねないものでした。

 委員から「経験豊かな記者を(首相)番記者にする試みを」の声が出たのもそのためでしょう。

 しかしジャーナリストの木村太郎委員が、インタビューひとつがいかに至難かを打ち明けていました。米大統領インタビューの際には、一週間、トイレに入っても質問を考え、それでも本番では思い通りにいかず脂汗が流れたというのです。

 取材記者も見られ評価される時代。安倍晋三新首相に立ち向かうため、勉強と修練を積み重ねねばなりません。

 昨年四月の個人情報保護法の施行以来、警察が被害者の実名を伏せたり、行政が懲戒処分の公務員名を明かさなかったりなどが急増しています。もともと秘密主義や事なかれ主義体質の組織、予想されたことですが、人権やプライバシーに名を借りた情報隠しが多いのです。

 少年事件や性犯罪などを除いて、新聞がなぜ実名報道にこだわるのか。

 実体的真実の追求、国民の知る権利のために、記録と歴史への責任などさまざまな理由がありますが、考えさせられたのは、昨年十一月、下校途中に殺害されてしまった広島市の小学一年生、木下あいりちゃん(当時七歳)のケースでした。父親の建一さんが実名での報道を訴えたのです。

 「娘は『広島の小一女児』ではなく、世界に一人しかいないかけがえのない『木下あいり』なんです」。名前はたんなる符号ではなく、人間の実存と歴史の象徴。匿名では人間存在の否定になってしまうというのでしょう。実名報道にこそ人間の尊厳の思想が込められているように思えるのです。

 北朝鮮の核実験は北東アジアの安全保障環境に劇的変化をもたらしました。脅威の連鎖、日本、韓国、台湾が次々に核武装する「核ドミノ論」さえ唱えられています。

 より正確で信頼できる情報の収集と提供ができるかどうか、冷静な情勢分析と判断、有効な提言ができるかどうか、メディアもまた、試練の時、正念場です。

 冷静さを失った国民とメディアがどうなるか。第二次大戦では、新聞が世論暴走に手を貸し、日本破局への少なくない責任を負ったのです。

メディアもまた正念場

 中枢同時テロの米国では、権力監視と調査報道で輝きを放ってきたジャーナリズムが翼賛報道に変貌(へんぼう)しました。核や大量破壊兵器の確証もないまま、アフガニスタンからイラク攻撃まで一瀉千里(いっしゃせんり)でした。奈落に向かう渦巻きだったベトナム戦争の悪夢を思い起こさせます。

 責任は重い。忍耐強く考え抜く新聞でありたいと思っています。
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ネット社会に立ち向かう、という小見出しまでつけてネットとの対立姿勢を鮮明にしているのが中日新聞の社説だ。(ちなみに東京新聞は中日新聞の子会社)一方で、一番危機感を持っていることが分かる社説でもある。

取材記者も見られ評価される時代。安倍晋三新首相に立ち向かうため、勉強と修練を積み重ねねばなりません。」
 新聞を含めマスコミも、批判に晒される時代だということは理解しているようだが、なぜ安部首相と【対立】しなくちゃいけないのかが分からない。記者も見られている時代といいながら、首相側がぶら下がり会見をサイトで流すことには反対する。それって、自分たちが会見の内容を捻じ曲げていることがばれるのが怖いからじゃないのか。

「少年事件や性犯罪などを除いて、新聞がなぜ実名報道にこだわるのか。」
「より正確で信頼できる情報の収集と提供ができるかどうか、冷静な情勢分析と判断、有効な提言ができるかどうか、メディアもまた、試練の時、正念場です。」
 こんなことを書きながら、自分の身内のことは隠蔽するのが中日新聞。中日新聞生活部の田島真一記者(36)が4月に飲酒運転で逮捕されても記事にはせず、9月に裁判で求刑された時点で朝日新聞が実名で報道してから、やっと記事にした。(まぁ、朝日新聞にしたって、社長の息子が覚醒剤所持で逮捕されたことを隠蔽していたから他紙のことは言えないのだが。)だが、その記事も実名ではなく匿名だった。そして、週刊新潮10月26日号では、父親が中日新聞の論説主幹であることが暴露されている。この父親が『なあに、かって免疫力がつく』と書いた人らしい。このへんは、#探偵ファイル/スパイ日記にも詳しい。

 自分たちに都合の悪いときには匿名で報道し、都合の良いときだけ実名にせよと怒る。これが「冷静な情勢分析と判断」なのだろうか?

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 そもそも、なぜこうも新聞はインターネットに対して敵対的なのだろう?形態が異なるメディアなのだから、こうまで敵対的になる必要はないと思うのだが、新聞各紙の考えは違うらしい。何度も書いているが、ひとつの事柄でも複数のルートから情報を得て比較検討するということは、事柄の本質を見極めるためにもいいことだと私は考えていて、ネットはそのためにとても有効な手段・ツールだと思っている。ネットに批判的な新聞各紙は、どうもこの「簡単に複数の情報を比較検討できる」ということが都合が悪いらしい。
 だったら、いっそのこと新聞社はインターネットでの記事公開なんてやめてしまえばいい。そうなったら、ネットアンケートや電子メールで読者から意見を求めるのもやめるべき。だが、実際にはそんなことはできない。建前は「社会的責任云々」となるのだろうが、本音は「広告」だからだ。自社の広告はもちろん、他社からの広告収入もばかにならない。一方で、ネットを批判し敵対しつつ、一方でネットを使って宣伝し収入を得る。ダブルスタンダードに陥っていることを、新聞各社は気が付いているのだろうか?

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