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視点がどこを向いているのか

 以前、はやぶさの記事で勘違い振りを発揮していたNIKKEI NETの清水正巳編集委員がまたやってくれた。

NET EYE プロの視点 日本の宇宙開発はノーベル賞を狙っているか(12/20)

 要約すれば、『きく8号の打ち上げでうかれているけど、ノーベル賞を狙うくらいの気構えが日本の科学者にあるの?』と言いたいらしい。最後の段にそれが集約されている。

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 日本は昨年、小惑星探査機「はやぶさ」で小惑星イトカワを観測した。その成果は米国の科学誌『サイエンス』に掲載された。研究者がこの論文掲載で浮かれているうちに世界では衛星や探査機でビッグバン宇宙論の検証が進み、研究者がノーベル賞まで受賞している。日本の宇宙開発はおしなべて先進性に欠ける。米欧の後追いや旧来の路線継続ばかりでは、宇宙探査も実用衛星も展望が開けない。宇宙開発といえども研究者はノーベル賞を狙うほどの気構えが必要であり、科学衛星・探査機を先導役にして実用衛星の展望を切り開くといった高度な宇宙開発戦略も必要になっている。
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 前回のはやぶさの記事といいこの記事といい、清水氏はどうも日本の科学技術を蔑むのがお好きらしい。そう意図がないにせよ、「浮かれてるなよ」というような上から目線をひしひしと感じてしまう。

 このコラムの中で一番違和感を覚えるのが、清水氏のノーベル賞に対する執拗なまでの固執だ。なぜすべての科学者・技術者がノーベル賞を狙わないといけないのだろう?確かに世界的に認められることは誇らしいことだが、別にノーベル賞を受賞していなくても世界の人々に利用され生活の向上に役立っている技術はたくさんあるし、ノーベル賞だけが世界に認められている賞というわけでもない。ノーベル賞を受賞すれば「すごいな」とは思うし、日本人の受賞者は日本国民として誇りに思っているけれど、ノーベル賞のために研究するなんて目的が間違っている。

 どうやら、ノーベル賞という成果が必要だと言いたいようだが、それこそ官僚的な成果主義からくる発想に他ならない。研究というものは目に見える成果があげられない場合も往々にしてある。個人的には、たとえ実験が失敗しても成果がなかったとは言えないと思っている。“失敗は成功の母”と言うじゃないか。

 「日本の宇宙開発はおしなべて先進性に欠ける。」という一文にも引っかかる。日本の宇宙開発は派手さには掛けるが、「だいち」や「ひので」は着実に成果を挙げているし、地球への帰還が危ぶまれているはやぶさだって、イオンエンジンの運用については成果を挙げている。はやぶさの成功を受けて、NASAも原始小惑星探査に乗り出すことになったのだし、小惑星探査が進めば太陽系誕生のしくみも解明されるに違いない。決してビックバンの検証より劣っているとは言えないだろう。

 また「最近、手強いライバルが現れ、関係者を焦らさせている。 」というのもおかしい話だ。科学は競争じゃない。ノーベル賞の権威に取り憑かれた目から見たら、一歩でも先んじなければならない、先に成果を挙げた方が勝ち、というように見えるのかもしれないが。先に成果を挙げなければならない、世間の注目を浴びなければならないなんて思う科学者がいるとすれば悲しいことだ。

 例えば画期的な理論が発表されたとする。マスコミ的にはそこまででいいかも知れないが、科学的にはそれを検証する必要がある。つい先日だって、韓国の黄教授がクローンES細胞の論文を捏造して大問題になったばかりではないか。思えばあの捏造も、韓国が国を挙げてノーベル賞を熱望しているという背景があったからとも考えられる。

 時には、地道な実験が花開くこともある。ノーベル賞を初めとする世界的な賞賛は後から付いてくるものだ。「賞狙いで行け」などという煽りは、毒にしかならない。

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