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特待生

高校野球の特待生問題、神奈川県でも私学16校が特待生制度を実施していた。
「なにをいまさら」感が強いせいか、高野連に対して批判的な論調が多い。でも、元高校球児やら特待生制度を利用してきた人間にコメントを求めたら、そりゃ「特待生制度賛成」「高野連批判」になるのは当然だよなぁ。あまり批判的ではなかったのは、フジTVスーパーニュースの木村太郎氏くらいじゃないか?

なので、あえて高野連サイドに立ってみて考えてみた。

 まず第一に野球憲章で特待生制度が禁止されていることを忘れてはいけない。高野連は過去にも各高校に通達しているのだから、高校側が知らないとは言えないだろう。「古臭いルールをあてはめるな」という意見もあるが、ルールが決まった背景がちゃんとあるんだし、それならこんな問題になるまえに、きちんと議論してルールを改正する方向に動けばよかったはず。それをしないで、ルールに抵触するけどまぁいいや、他もやってるし。では子供の言い訳だ。
 窃盗が犯罪だと知らなかったら、窃盗しても許されるのか?
 すでに特待生制度が実態としてあるんだから許可しろ、というのは、それと同じことだ。ルールを破っておいて、「いまさら何を言っているのか?」というコメントは、見当違いも甚だしい。窃盗を許せば法治国家として成り立たなくなるように、勝手な解釈でルールを破ればシステムそのものが崩壊する。どうしてもルールに納得できないのであれば、高野連を抜ければいい。甲子園に匹敵するような野球大会を作り上げればいい。

 第二に、不公平であるということ。今回、1校だけ特待生制度を実施していた公立高校があったのだが、基本的に公立は私立と異なり特待生制度を作る予算はない。特待生制度を実施していた公立高校でも、OBの寄付によるものだったという。
 お金が自由に使えて優秀な生徒を呼べる私立だけが、甲子園に出る権利があるのか?そうではあるまい。私立・公立の分け隔てなく、甲子園に出場する権利はある。しかし、特待生制度は、その可能性をゆがめてしまう。勝負は時の運というが、優秀な選手が多ければ甲子園出場の可能性が高くなるのは当然だ。別の言い方をすれば、甲子園出場のためにお金を掛けているわけだ。
 公立私立間の不公平だけでなく、同じ高校に通う生徒の間にも不公平が生まれる。野球のみならずスポーツ特待生は、別の地域の高校であってもコストを掛けずに入学・通学できるということだ。だが、スポーツではなく学力ではどうか?学力の特待生っているのか?(日本全国探せばいるかもしれないが)なぜなら、たとえ学力が高い学生を集めたとしても、それが高校にとってセールスにはならない。ひとりくらい優秀な人間が入学したとしても、進学率が大きく変わるわけじゃない。全体のレベルが高くなければ意味がない。体力で秀でたものは入学する時点から優遇されるのに、学力に秀でたものは就学中にその才をアピールしなければならない。これを不公平と云わずになんという?
 スポーツと学力を一緒にするな!と言う意見もあろう。だが、基本的に彼らは「学生」なのであり、その本分は勉強・学習なのだ。違うか?学生の本分がスポーツだというなら、スポーツだけの学校を作ればいい。古いかも知れないが、文武両道であることが望ましいのではないか?

 第三に、野球がスポーツの中でも特別な位置にあるということ。今回の問題で「なぜ野球だけが」というコメントをよく聞くが、まったく逆で「野球だから」なのだ。
 つまり高校球児の頂点を競う「甲子園大会」があり、「プロ野球」があるという構図。意地悪く言えば、甲子園大会は高校側の売名の場でもあり、プロ野球側の青田買いの場でもある。しかも、どちらもが社会的に認知され知名度も高く規模も大きい。他のスポーツで野球と同じ構造を持つものはない。今人気のあるサッカーにしても、「全国高校生大会」を予選からテレビ中継しているだろうか?他のスポーツは言わずもがな、「全国剣道大会」で優勝してもスポーツ新聞の片隅に載る程度で、一面を飾ることなんてない。
 やはり野球は特別なのだ。特別に注目度が高いから、どうしても金銭が絡んだ問題が生まれてくる。今回の発端となった高野連の憲章にしても、元々、中学野球大学野球でブローカーが暗躍するなどのトラブルがあったから生まれたものではないか。そうした金銭的な不透明さを生みだす構造をそのままにしてルールを改正すれば、再び金まみれのダーティーな世界になってしまう。そうなって欲しくないからこそ、高野連は襟を正したではないか?

 こうしたことから、一方的に高野連を非難するのはおかしいと私は考える。非難するならば、問題を放置してきた野球界や(主に私立の)高校だろう。

 ただ、才能ある人材を伸ばしたいという考えは否定しない。ただそれは学生(およびその周囲)と学校だけで決めると言った不透明なものではなく、もっとオープンなリレーションシップであるべきだ。
 たとえば、普通の奨学生のように入学するまでは同じ条件で、入学後才能が認められた学生には奨学金制度を利用できるようにするとか。特待生にかかる費用を、学校法人ではなく、高野連やプロ野球連盟が負担し、全国から(私立・公立の区別なく)特待生を指定できるようにするといった方法はどうか。オリンピックの強化選手のような形を取るのもひとつの考え方かもしれない。

 確かに影響の大きい問題であり、強権的に見える高野連に批判が集まるのも理解できるが、もっと大局的な視点から日本の野球全体の将来を考えた議論をしてほしいものだ。

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