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モスラの精神史

モスラの精神史 (講談社現代新書)

 日本特撮史に残る怪獣『モスラ』は、なぜ蛾の姿をしているのか?などの疑問を、モスラを作り上げた男たちとあの時代背景から深く掘り下げようとしている。
 モスラが公開された1961年には、私はまだ生まれていないけど、“あの時代”を肌で感じることができるギリギリの年代かな?と思う。なので、納得できる部分も多く楽しみながら読めた。

 ただ、深読みしようとしすぎるあまり、日米安保条約との関連や南方幻想、少数民族への迫害等、少々とっちらかっている印象も受ける。単純に製作者たちのバックグラウンドと思想を反映させ、日本の「変化」をモスラに託した--くらいの範囲で納めていた方がすっきりと分かりやすいのではあるまいか?

 また筆者は、『モスラ』以降、ゴジラ、モスラを含め特撮映画そのものが変化し、そのスピリッツは失われたと考えているようだ。そして、モスラのスピリッツを引き継いだのが、『風の谷のナウシカ』であると書いている。確かに、王蟲はモスラの幼虫とイメージが重なるし、ナウシカが王蟲たちの金色の触手に包まれ復活するシーンは、モスラが繭を作り成虫となって飛び立つ過程と同じとも見える。

 その後の特撮映画の凋落ぶりとアニメの繁栄ぶりを考えれば、うなずける点もあるが、私はむしろ受け手側の変化によるものだと考える。なぜ「大人のアニメ」があって「大人の特撮」がないのか。特撮が子供向けというカテゴリーから抜け出せなくなったのは、製作者の固定観念もあったろうが、観客の目が肥えてしまったからではないだろうか?例えば大人向けの本格特撮映画を目指した『さよならジュピター』の失敗も「本物じゃないかと疑うような嘘」じゃなくて「見るからに嘘」と見えてしまったからじゃないかと。

 しかし、ハリウッドで作られた『スター・ウォーズ』は大人のファンも多いし、最近では『トランスフォーマー』や『ファンタスティック4』(宇宙忍者ゴームズだよっ!)も特撮映画として成功している。資本力の問題もあるだろうが、製作者側の「所詮子供向け」という思いを観客が見抜いてしまった、だから興行が失敗し次の資金が縮小されるという悪循環に陥ってしまったのではないか。日本でも『平成ゴジラ』『平成ガメラ』で再び変化が起こるかと思われたが、結局悪循環のループに取り込まれてしまった。

 『モスラ』は、人々の心の奥底で願っていた変化を体現して生まれたのかもしれない。もしそうなら、この閉塞感、もやもやとした不安感を打ち破る新たな『モスラ』が誕生していい頃なのかもしれない。

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