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ネットvs.リアルの衝突

ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか (文春新書)

 Winny事件を切り口にして、インターネットの歴史と標準化の主導権争い、「ネットは誰のものか?」という議論を展開している。
Winny事件に関しては、裁判を傍聴したり取材をしているだけに詳しく、かつ客観的に記述されているのだが、インターネットの歴史においてはパソコン通信に関しての記述がなかったり、標準化のところではAXの話がごっそり抜けおちていたり、Macに関する記述が異常に少なかったりと、不十分な点が多々感じられた。

 筆者は、現在の状況が「ネットとリアルの衝突」と表現しているが、個人的には、対立構造に持っていけば主張がはっきりとするんだろうなぁと思う程度で、「ネット対リアル」という対立がそもそもおかしいだろ、と思わずにいられない。ネットワークは道具(ツール)であって、リアルと対比するものじゃなく、リアルがネットを内包している(ネットワークはリアルの一部)なのだと感じている。

 そもそもネットがリアルと対立するものであるかのようなイメージは、いわゆる「仮想現実、バーチャルリアリティ」が過大評価されているからではないだろうか。バーチャルリアリティを扱ったものに『トロン』という映画がある。今見ればアレだが、当時は衝撃的なインパクトがありそれなりに認知もされた。以降、映画や小説の中でコンピュータが作り出す世界を扱うものも増えたが、その時点ではまだまだ架空のものという認識だったろう。90年代になってコンピュータの性能が進化すると、夢物語であったバーチャルリアリティが俄然現実味を帯びた。そして『マトリックス』のヒット。ネットワークで接続された仮想現実世界というアイディアが提示され、観客の多くにバーチャルリアリティがリアルを凌駕するのではないか?というようなイメージが植え付けられる。こうして、ネットワークとリアルが、相対するものであるかのような認識が生まれてしまった、のではないかと。
 でも、バーチャルリアリティはあくまでも映画などのフィクションの世界。現状ではそんなにリアルじゃない。静止画像なら現実と見まごうばかりのものが作れても、それをリアルタイムで処理したり感覚を被験者にフィードバックすることを考えたら、ねぇ。リアルを凌駕するようなバーチャルリアリティの誕生はまだまだ先、現時点では過大評価され過ぎているということ。
 ネットワークに関しても同様で、過大評価というか、過剰反応が過ぎる気がする。確かにネット初のムーブメントもあるが、それは、ネットがリアルの一部であると考えれば当然のことで、メディアが新聞、ラジオからテレビに変わっていったように、テレビからネットへと変化しているに過ぎないのではないか。
 むやみに対立構造にするのは、どうかと思う。

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