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もっと科学捜査を

イザ!の10/19付けコラム。

【正論】土本武司 取り調べの可視化に疑問

 長文なので要旨をまとめてみよう。

  • 「疑わしきは罰せず」ではなく「真犯人は逃してはならない」を是とせよ
  • 犯罪を最もよく知る者は犯人であるから、自白は重要だ
  • 確かに自白強要による冤罪事件は発生したが例外的な事例だ
  • 海外では取り調べを録音・録画しているが、傍受やおとり捜査など取り調べに代わる捜査方法が認められているからだ

 要するに、取り調べの様子を録音・録画していると、せっかく自白しようとしている犯人が躊躇するという意見だ。要旨をまとめてみただけで頭が痛くなってしまった。なんという自白偏重主義。コラムの筆者ではる土本武司なる人物は、現在は白鴎大学法科大学院院長という肩書だが元は検察の人間で、「裁く側」の立場でしか物を見ていない。

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「刑事裁判官は検察官が合理的な疑いを容れない程度の立証をしたかどうかを判定し、それができない以上は無罪にすべきだ」と、裁判官には真実探求義務がないかのような議論すらなされている。
 しかし、刑事裁判では、少なくとも理想としては「誤って無辜を1人たりとも処罰してはならない」とともに、「真犯人は1人も取り逃がしてはならない」という積極的実体的真実主義を是としなければならないのである。
 その意味の真実を浮き彫りにする捜査上の最良策は「被疑者の取り調べ」(同法198条)である。「犯罪を最もよく知る者は犯人である」との自明の理に立脚して、捜査官は被疑者の取り調べに情熱を注ぐ。
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 科学捜査が発達していなかった戦前ならともかく、指紋やDNA解析が存在する近年において重視されるべきは科学的な証拠でなければならない。密室で行われ、改竄が容易な自白をなぜ信頼できるのか?密室で刑事に犯行自白を強要される可能性が否定できないのに「捜査上の最良策」とはあきれるばかり。そもそも、取り調べを受ける人間がすべて犯人であるはずがない。無実の人間もいるのだ、という視点が欠落している。それは、

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たしかに最近発生した鹿児島県志布志市の選挙買収事件や富山県氷見市の強姦等事件はいずれも冤罪(えんざい)で、自白獲得に向けた取り調べ方法に問題があった。取り調べ状況を可視化すれば、このような人権侵害的な取り調べは行われていなかったであろう。しかし、このような例外的な事例を引き合いに出して論議すべきではない。
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 という一文からも読み取れる。その直前の文章、

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取調官が被疑者を厳しく追及するという思い込みのもとで、検察や警察は“厳しい取り調べ”の実態が表面化するのを恐れて、録音・録画記録制度の導入に反対しているとみられている。
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 においても「取り調べの厳しい追及」が「思い込み」であるとしているが、志布志市の冤罪事件の例を見ても、まさに非道な厳しい追及があったことが裁判でも明らかにされている。「厳しい追及」が思い込みなのだというのなら、土本氏は取り調べによる厳しい追及例は少ないという証拠を明示すべきだ。すくなくとも、例に挙げた事件が例外的であったことを証明する必要があるだろう。
 志布志市の事件や氷見市の事件のように、違法あるいは非人道的な取り調べがあったからこそ、「取り調べの透明性」が必要なのではないか。何の根拠もなく「例外だ」として録音・録画に反対するのは理解できない。

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犯人が被疑者としての取り調べを受けることになったとき、とくに身柄の拘束を受けたとき、その直後は新しい環境に緊張するが、それに慣れ、取調官と親和する心理状態になれば、取調官との間に感情移入により“悔悟”の心情が芽生えて自白がなされるのである。したがってわが国における取り調べは、欧米でのそれのように、取調官と被疑者の対立闘争関係ではない。
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 『対立闘争関係ではない』『怒号とか理詰めの尋問は決して有効でない。』のであれば、録音・録画しても問題ないはずで、録音・録画されていても(本当に犯人なら)自白は取れるはずだ。それに反対することは『実態が表面化するのを恐れて』いると思われても仕方がないのではないか?もっと国民から信頼される警察にしたいなら、密室での取り調べなど即刻止めるべきだ。
 それに『欧米でのそれのように』と書いているが、それこそ思い込みなのでは?もし土本氏の言うことが正しいのならば、日本には冤罪がひとつもなく欧米では冤罪だらけ、ということになってしまう。

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取り調べの録音・録画を実施している諸外国では、取り調べ以外に真相解明のためのさまざまな捜査手段が用意されていることを知るべきである。例えば「司法取引」や「刑事免責」は、重大事件の犯人を逸することのないよう機能しているし、「通信傍受」「おとり捜査」「潜入捜査」なども、「取り調べ」方式に代わる真実発見方法としての機能を果たしている。真実発見も適正な手段によることが強調されるわが国では、それらの代替手段は好まれない。
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 この段などまったく意味がない文章でしかない。(1)取り調べだけが真実を発見する方法(2)録音・録画されたら取り調べができない、というふたつの誤解というか固定観念、悪しき因習に囚われている。捜査方法の違いと取り調べの透明性確保とは、まったくベクトルが違う話だ。

 最初にも書いたが、真実を発見するには科学的手法を用いるべきだ。昔から証拠をおざなりにして自白を偏重してきた警察の体質が、科学的手法によって発見した証拠を軽視する傾向にある。「三億円強奪事件」にしても、当時指紋採取技術が登場して間もなくだったため、指紋は採取されても捜査には活かされなかったという。先日の時津風部屋の力士不審死事件も遺族が司法解剖を依頼しなければ、そのまま事故として片付けられてしまった可能性が高い。
 録音・録画に反対する警察および検察は、昔の特高警察と変わらない意識なのだろうか?警察署の中に入ってしまえば何をしてもいい、警察官・検察官は無謬であると言い切れるのか?土本氏の意見は、市民の意識とはかい離した、利権を守るための戯言にしか聞こえない。

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コメント

はじめまして。
通りすがりの者です。

以下『もっと科学捜査を』についてコメントさせて頂きます。

冒頭の部分に、
『土本武司なる人物は、現在は白鴎大学法科大学院院長という肩書だが元は検察の人間で、「裁く側」の立場でしか物を見ていない。』
という下りがありますが、検察官は刑事手続きにおいて一方当事者であり『訴える側』です。

裁くの裁判所です。

仮に検察官を『裁く側』と捉えるなら、それはまさしく糾問的捜査観であり、突き詰めると取調べの可視化には反対する立場を取るのがスジだと思いますが、いかがですか。

確かにご指摘の通りです。検察官は訴追する側で裁く側ではありませんね。
ただ、追及する側であっても、自ら非のないことを明らかにするのは(やましいことがなければ)問題ないはずで、訴追する側にとっても取り調べの可視化は(自らの潔白を立証するためにも)有効だとおもいますよ。

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