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Google VS. Wiki

Googleはウェブサービスすべてに覇権を握ろうとしているのか?…なんて思う人間もいるだろう。まぁ、新しいサービスを追加していかなければならない事情もあるんだろう。あるいみ自転車操業?(Wikipedia創設者eikia氏も検索エンジン開発を表明している)

Google版Wikipedia? 知識共有ツール「knol」をテスト(ITmedia)

 このサービスは「knol(unit of knowledgeを表す)」と呼ばれ、特定のトピックをよく知っている人に、そのトピックに関して信頼できる解説を書いてもらうことが目的という。現在はまだテストの初期段階にあり、招待制で一部のユーザーに無料で提供されている。

 knolは実際には、特定のトピックについての解説が書かれたWebページ。そのトピックを初めて検索する人が最初に読みたいと思うような内容になるという。Googleは、科学や医療、地理、歴史、エンターテインメント、製品情報、ハウツーまで、あらゆるトピックをカバーすることが目標だとしている。

Googleはknol用の編集ツールを提供し、コンテンツを無料でホスティングするが、編集にはかかわらない。執筆は誰でも自由にでき、執筆者が編集責任を負い、コンテンツを管理する。同じトピックについて複数の競合するknolができる可能性もあるという。執筆者の判断で広告を載せることもでき、その場合、Googleは広告収入のかなりの部分を執筆者に支払う。

Wikipediaが「すべての人が編集できる」ことで、森羅万象あらゆることに対する知識をまとめようとしているのに対し、GoogleはWikipediaの弱点ともいえる信頼性の重みを付けようという試みだろう。

Wikipediaのようにすべての人々が編集可能ということは、言い換えれば簡単に改ざん可能ということで、実際に改ざんが問題になることも多々ある。その点、knolでは執筆者を特定し記事の内容に関する責任を執筆者自身に負わせる仕組みといっていいだろう。

「事実を伝える」ということは、実は大変難しいことだ。文字にした時点で書いた人間の意識というフィルターが掛かってしまう。
例を挙げてみよう。

 「きれいな花が咲いた」

この短い文の中でも、きれいな、という形容詞は書いた人間の主観だ。同じ花を見てもきれいと思わない人間がいるかもしれない。では、

 「花が咲いた」

これなら花が咲いていたという事実だけを伝えているのだからいい……と思うのは早計だ。咲いたというからには、咲いた直後あるいは咲いて間もない頃だろうと思う。でも実はそうじゃないかもしれない。もしかしたら花のように見えていても花じゃないかもしれない。とまぁここまで来ると揚げ足取りというか重箱の隅をつつくようなものだが、このくらい事実を伝えるのは難しく、文章には人の意思が(意識する、しないに関わらず)介在してしまうということ。

 もし、執筆者の主義・主張、ものの見方というものがある程度把握できていれば、書かれた内容の信頼度を計ることができるようになるだろう。一方で、例えば有名大学の教授であるとか新聞記者であるとかといった肩書きだけで、間違ったことでも正しいと判断されてしまう危険性もある。

 knolに書いてみたいか?と聞かれれば、Yesと答える。あんまり信用はされないだろうけどね(^_^;)

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