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厨の研究(10)

8.厨の考察

厨であるがゆえに

 ここまで厨の行動をいくつか(といっても狭いカテゴリーの中だけですが)挙げてきましたが、「なぜこのような(厨な)行動を取るのだろうか?」という疑問が根本的な問題として浮かび上がってきます。

 はじめに厨あるいは厨な行動を取る人間は昔から存在したと述べましたが、やはり「環境」という要素を外しては考えられないでしょう。全部が全部ということではありませんが、多くの場合厨となった原因が「周囲の環境がそれ(厨行為)を許した、あるいは増長させた」であったと考えることが一番しっくりくるように思えます。
 おそらく最初は小さな小さなこと、たとえば「おもちゃが欲しい」とか「ゲームをしたい」とか、そうした些細なことだったのでしょう。それは誰にでもあることです。しかし、いつしかそれが欲望を抑えられなくなってきたり、あるいは年齢を重ねても幼少期と同じような行動をしたりといった厨行動に発展してきたとき、そこに「注意する存在」がいなかったことが厨に(そして被害者に)とっての悲劇なのかも知れません。

 ただし、環境だけが原因とも思えません。やはり本人の素養、性格もあるでしょう。厨や中二病を自己愛とする分析もあります。

「押しかけ厨」の精神分析に関しては、サイコドクターこと風野春樹さんのサイト
サイコドクターあばれ旅
(http://homepage3.nifty.com/kazano/index.html)

にある「私家版・精神医学用語辞典」>「押しかけ厨」の記事が参考になるでしょう。

 行き過ぎた自己愛の果てに、自分が一番大切で傷つきたくない、傷つけるものを許さない。自分を中心に物事が回っていれば、傷つかずにすむという思考です。人は多かれ少なかれナルシズム的な要素も持っているものですが、多くの人間は現実とのギャップに折り合いをつけて生きていくものです。厨にはそれができない。私は『コミュニケーション(能力)不足』がひとつのキーワードになるのではないかと考えています。

 コミュニケーション不足の背景には、よく言われるように生活形態の核家族化があります。どうしたらいいのか分らない時に身近に相談できる人間がいるかいないかは、やはり大きな変化であったと思います。身近に相談できる相手がいないから、コミュニケーションの相手としてテレビや漫画、小説などに「手本」を求めてしまう。テレビや漫画は人間と違って反論してきませんから、何を言っても傷つくことはない。さらに周囲の人間は甘やかしわがままを許容してしまう。たまに注意・忠告をしてくれる人間がいたとしても、自分を傷つける相手(=敵)と認識してしまい、対立するか逃げ出してしまう。
 他人との距離感がない、0か1か、味方か敵かの二者択一でその中間がない。他人とのコミュニケーションの機微、あるいはあいまいさ、距離感の保ち方というのは、やはり実際の人間とのコミュニケーションをとることでしか得られないものでしょう。

 たとえばテレビドラマや漫画、小説といったものは、必ずしも現実をそのまま映したものではありません。むしろ、ドラマを盛り上げるために現実を無視したり誇張したり、意図的に嘘をついたりすることがほとんどです。多くの人はそれをフィクションであり誇張であり嘘だと理解して受け止めます。厨の場合には、たとえフィクションだと理解していても、それに理想を重ねてしまうのではないでしょうか。「あったらいいな」という願望がいつのまにか「あるはずだ」「私が体現する」に変化していく──。

 押しかけ厨の場合、芸人などが「押しかけて弟子にしてもらった」といったエピソードをテレビで公開した影響も少なくないと思います。つまり、他人がやっていいのなら自分もやっていいという短絡思考。同じような芸人へ押しかけ弟子入りをして失敗したというあまたの例はテレビではほとんど紹介されませんから、押しかければ必ず受け入れてもらえると考えてしまうのでしょう。

 厨行為の特徴として、「自分を大きく見せる(見せたい)」というものがあります。たとえば、小説の主人公のような生い立ちや容姿(ハーフであったり欧州貴族!だったり、モデルだったり始終スカウトされたり)でお金持ちで頭脳明晰、スポーツ万能というような書いていても恥ずかしくなるようなプロフィールを平気で使ったりします。また、相手が思い通りにならない場合に「自分の父親は偉い人だ」「知り合いにスーパーハッカーがいる(から個人情報暴露できるぞ)」と脅したり、有名な同人作家(本人を騙ることができないから)と親友なんだ、相方なんだというようにバックに大きな力があると誇示することもあります。
 要は、権力(と厨が考えているもの)を利用して、相手を支配しようという思考なのでしょう。コミュニケーションとは本来相互で行うものであって、支配=被支配というような一方的なものでないはずです。しかし、コミュニケーションそのものを理解していない場合、相手を支配下においてしまえばいいという短絡思考になってしまうのでしょう。そんな歪んだ関係がたとえ一時的に成立したとしても長続きするはずがありません。

それが気持ちいいから

 情報時代と言われて久しく、ネットの普及した現在では寧ろ情報過多と言っていいでしょう。私はネット社会においては、「取捨選択する力」が重要だと考えています。何が良くて何が悪いのか、それを判断し選別するには観察力と経験が必要になります。それこそが「ネット・リテラシー」ではないでしょうか。

 では、ネット・リテラシーに基づく選択ができない人々はどうすればいいのでしょう?さまざまなメディアから流れ出るすべての情報を受け入れることはできません。したがって、「自分にとって都合のいい」情報のみを選択するのではないでしょうか。自分にとって都合のいい情報に囲まれるということは、安心できる環境にいるということです。ぬるま湯にひたったように安寧でいられる、それは気持ちのいいことです。誰しもそうした場所に長くいたいと考えるでしょう。しかし現実は違います。ネット上にも自分にとって都合の悪い情報があります。むしろ、いやな気持になる情報の方が多いかもしれません。それでも多くの人がそうした現実に向かい合います。

 もしかしたら厨も、現実の厳しさを何事も自分に都合よく進むとは限らないことを知っている、あるいは無意識に感じているのかもしれません。だからこそ、自分に都合のいい情報だけで武装し閉じこもろうとするのでしょう。
 しかし、いつかは現実に向き合わなければならない日が来ます。
 学生であっても、高校・大学への受験や進学、就職といった転機がすぐにやってきます。親の世話になっているとしても、親が働けなくなったり死んでしまったらどうなるのでしょう?遅かれ早かれ厳しい現実と戦う以外に生きていくことはできません。ほとんどの人間は、程度の差こそあれそうした現実を理解し折り合いをつけて生活しているのです。なぜ厨にはできないのでしょう?どんな理屈を考えてみても「どうして厨になるのか?」という問題の解が見えてきません。

 厨にも段階があるはずです。厨行為に対して注意や忠告をすれば厨を辞めることだってあるはずです。自分も学生時代に厨行為をしたと思う人も少なくないはずです。でも、何らかのきっかけで厨から脱することができた。いわば「仮性厨」のうちに修正することができれば、人に迷惑をかける厨にはならないでしょう。
 もし、自分の身内に仮性厨がいたら、私は全力で諭します。ですが、仮性厨の段階を過ぎもはや引き返せないような厨になってしまったら……。ケース・バイ・ケースですが、成人済みであれば放っておくと思います。甘やかして増長させてしまったという責任の一端は周囲の人間にもありますが、最終的な行動の責任は本人が負うべきでしょう。
 とはいうものの、人様に迷惑をかけないようにできれば一番なのですが。

 この一連の文章を書いている中でひとつの危惧が生まれました。それは「厨」が記号化し軽んじられる危険性です。窃盗を万引きと言い換えることであたかも犯罪行為ではないような、犯罪でも軽微なものであるかのような印象が固定化してしまったように、迷惑行為や犯罪行為を厨と言い換えることで軽んじたりネタとして扱ってしまう、真面目に受け取られなくなってしまうのではないでしょうか?杞憂に過ぎなければいいのですが。

参考リンク

ハイテク対策 情報セキュリティ広場 :警視庁

・警視庁 ハイテク犯罪対策総合センター
 電話相談窓口 03-3431-8109

女性の人権ホットライン

日本弁護士連合会

日本司法支援センター(法テラス)

・押しかけ対策フローチャート
 ttp://chutaisan.hp.infoseek.co.jp/index.htm

・合宿所Wiki
 ttp://orz.yh.land.to/wiki/index.php?FrontPage

 「押しかけ対策フローチャート」と「合宿所Wiki」については、URLをコピーし先頭に h を付けてブラウザに貼り付けてください。(IE7などでは自動的に h が補完されます)また、実際に押しかけ厨やなりきり厨への対応を相談できる掲示板もありますが、非リンクが推奨されているため、検索エンジンで「合宿所」をキーワードに検索して見つけてください。

さいごに

 この一連の文章は、厨と呼ばれる人々を晒しあげ笑い物にする意図や人格攻撃をする意図はありません。こうした厨行為を行う人間がいる、という話を、まぁフィクションとしてでも頭の隅においてもらえればいいと思っています。そうすれば、もし、万が一、厨な人間が表れたとしても、慌てずに対処できるはずですから。

 また、対策例をいくつか挙げていますが、あくまでも参考程度に考えてください。一番大切なことは『自らの心の平穏』です。戦うことは肉体的にも精神的にも、時には経済的にも負担がかかる場合があります。もし「戦いたくない」「関わりたくない」と思うのなら、逃げ出しても構わないのです。自分の心のために一番いい方法を選んでください。

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