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仮面ライダー ディケイド

 アバンタイトルから平成ライダー総出演でカオス。もはや懐かしいと思えるようなライダーも出てくるから、好きな人は楽しいだろうな。個人的には、仮面ライダーは『孤高のヒーロー』なので、わらわらと雑魚キャラのように出てくるのはちょっとなぁと思ってしまう。夢のシーンだから、とはいえ、もう少し各ライダーを見せて欲しかった。

 カードで別のライダーに変身するというのは、玩具(とゲーム)展開向けの設定なんだろけど、いい加減食傷気味かな。(画にはなると思うけど)何か別のアプローチがあっても良かったとは思うけれど、それじゃ玩具展開できないものね。子供の頃はただ格好良いだけでも見ていられたけれど、まず商売として成立しなければ続かないなんて話が分かってしまう大人って悲しいなぁ。子供がうらやましい…などと黄昏れても仕方ない。
 
 まだ第一回、これから9つの世界を渡り歩いていく、ということになるようだが、なんでキバのあんちゃんが、全部知ってますみたいな顔で出てくるのか。何かの伏線?主人公が、記憶喪失っぽいというのも、視聴者と同じ目線で物語を進行させようという配慮なのかもしれないけれど、「何も知らない分からない」状態から都合の良い部分だけ思い出す(今回の「戦い方は知っている」みたいな)展開っていうのは、余りにご都合主義が過ぎないか?
 そもそも仮面ライダーがたくさん出てきて殺し合うという話はちょっと苦手。孤高のヒーローであり正義の味方であって欲しい。現代風な解釈で、いろんな正義があってぶつかり合うというのは分かるけれど、何も殺し合わなくたっていいじゃない?ディケイドが他のライダー達の能力をどうやって入手していくのかは二回目以降を見ないと分からないけれど、できれば相手を消滅させたり奪ったりということは止めて欲しいな。

 第一回を見て、一番気になったのは、ここまでフィクションであることを強調しなくてもいいんじゃない?ということ。そもそもフィクションだ、ということは重々承知だけれど、画面の随所に見られる世界のパッチワーク感というか、無理矢理くっつけてみましたというイメージが気になって。ディケイドの世界も含めてすべての仮面ライダー世界が否定されてしまうんじゃないかと。第一回のペースで一年持つの?という心配もあるけど、「なぜ9つの物語世界が一つになろうとしているのか?」の理由はきちんと説明して欲しい。難しいかもしれないけれど、敢えて9つのライダー世界という設定をぶち上げたんだから、その責任は果たして貰わないと。『マイトガイン』みたいな最後だけは勘弁して。

 うーん、色々思うことはあるけど、子供に返ってワーイワーイと何も考えずに観るのが正しいような気がしてきた。

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