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低ソニックブーム設計実証実験「D-SENDプロジェクト」

■音速を超えると発生するソニックブーム

 私たちの日常生活の中で、空気の圧力(大気圧)を意識している人は少ないでしょう。けれど、速く動くものに対して、空気は大きな壁となります。たとえば、車で高速道路を走る時には、車体に風圧を感じます。運転している人は、ハンドル操作で空気の抵抗を感じることができるでしょう。また、新幹線に乗っていて、対向する車両とすれ違う時やトンネルに入ったりする時に、ドンという衝撃を感じるでしょう。高速で移動する航空機では、もっと大きな壁になります。そして、音速を超えて飛行する場合には、機体や翼から衝撃波が発生するのです。
 超音速機と大気の抵抗によって生み出される衝撃波は、大気中を伝播するうちに航空機の機体先端と機体後端の2か所に集約され、地上では2回の爆音として聞こえます。これをソニックブームと呼びます。ソニックブームを計測すると、特徴的なN型の圧力波形(N-Wave)となります。
 ソニックブームによって引き起こされる騒音は、人や家畜など環境に大きな影響を与えます。
【12月20日 AFP】イスラエルで、戦闘機が音速を超えたときに発するソニックブーム(衝撃音)が、思いもよらない事態を引き起こしている。ゴラン高原(Golan Heights)にあるワニ飼育園で、冬眠していた雄ワニたちが一斉に発情しているのだ。日刊紙マーリブ(Maariv)が19日、報じた。 
 このワニ飼育園では100匹あまりのワニを飼育しているが、上空はイスラエル空軍の飛行訓練ルートとなっている。このため、戦闘機が発するソニックブームを、ライバルが雌を求めて発した鳴き声と勘違いしてしまうとみられる。ソニックブームは車の急ブレーキを踏んだような音で、数百メートル四方に響き渡っているという。
(後略)

ソニックブームシミュレーター。高出力スピーカーでソニックブームを再現している。

 私も、JAXAにあるソニックブームシミュレーターで、超音速旅客機「コンコルド」が10km上空を飛行する際のソニックブームを体験させてもらいましたが、耳に響くというよりもズシンとお腹に響く感じの重い音でした。ちなみにコンコルドは、海洋上の高い高度でしか超音速飛行が許可されなていませんでした。それでも、海洋上の船舶でコンコルドの起こすソニックブームが観測されたそうです。ただし、コンコルドが消えた主な理由は経済性であって、ソニックブームの問題は当時それほど大きくはありませんでした。

 話は変わりますが、ボーイング社の調査によると、全世界の航空交通量は増加を続けていて、2030年には2010年の約2.7倍にも達するという予測もでています。特に、アジア地域のトラフィックは増大すると考えられています。現在、アメリカやヨーロッパ、そして日本でも増加する航空交通量に対する対応策が考えられています。JAXAでも「DREAMS」というプロジェクトが動いています。
 こうした取り組みとは別に、改めて超音速旅客機にも陽が当たりつつあります。1986年にNASAが行った調査では、マッハ2からマッハ3の超音速による旅客輸送が技術的に可能性が高く、市場の需要もあるとされています。超音速旅客機による商業運行を成功させるため、際的な民間航空に関する原則と技術の制定を行う国際民間航空機関(ICAO)では、2016年を目標にソニックブーム基準を決定しようとしています。

■ソニックブーム低減技術の確立を目指して

 超音速機(SST)の開発においては、ソニックブームを如何に低く抑えるかが、ひとつの大きな鍵となっています。機体や翼の形状を工夫することで、ソニックブームを低減させられることは分かっていますが、この分野ではアメリカにもヨーロッパにも十分なデータの蓄積がありません。これまで日本の航空機産業は欧米の後塵を拝してきましたが、低ソニックブーム技術を確立できれば、SSTの分野で日本が優位に立つことができるはずです。

NEXST実験機。JAXA調布本社に展示されている。

 JAXAの前身である航空技術研究所(NAL)では、1997年からSST技術の本格的な研究が開始しています。NEXST(National EXperimental Supersonic Transport)と名付けられたプロジェクトでは、空気抵抗の低減を技術目標の中心に据えて研究が進められ、2005年には11パーセントスケールの実証模型をロケットで打ち上げ、超音速飛行状態での効果確認実験を成功させています。
、2006年からは、新たな研究プロジェクトとして、静粛超音速機技術の研究プログラムが立ち上がりました。「静粛」、つまり静かな超音速機の技術を確立する研究で、その大きな柱のひとつがソニックブームを抑える技術なのです。そのために、低ソニックブーム機体の設計を行い、数値モデルによるシミュレーション実験やミニチュアモデルによる風洞実験などを行ってきました。そして、大気中での低ソニックブーム設計の効果を実証するために行われるのが、「D-SENDプロジェクト」なのです。

■低ソニックブームを実証するD-SENDプロジェクトとは

D-SENDプロジェクト概要。(C)JAXA

 D-SENDとは、「Drop test for Simplified Evaluation of Non-symmetrically Distributed sonic boom(非軸対称ソニックブーム場に対する簡易評価のための落下試験) 」の略で、これまでJAXAが研究を薦めてきた低ソニックブームの設計概念を実証するとともに、空中におけるソニックブームの計測技術を確立することを目標としたプロジェクトです。
 D-SENDは2段階の計画になっていて、第一フェースの試験(D-SEND#1)では、バルーンにつり下げた実験用の物体(供試体)を高度20~30キロメートルの上空で切り離し、落下中に音速を超えた際に発生するソニックブームを地上および空中で計測します。D-SEND#1で得られた計測データを解析し、その結果をフィードバックして第2フェーズの試験(D-SEND#2)が行われます。D-SEND#2では、低ソニックブームの航空機形状を模した、つまり実際の静粛SSTに近い形状の供試体が使用される予定になっています。
 D-SENDプロジェクトの目標は、低ソニックブーム設計の実証ですが、ほかに、世界でも珍しい計測方法である空中ソニックブーム計測(ABBA:Airborne Blimp Boom Acquisition)技術の確立も目標のひとつとなっています。
 ソニックブームが問題になるのは、衝撃波が地上に到達した時点での音の大きさなので、空中で計測することは意味がないように思うかも知れませんが、ソニックブームがどのように地上に伝わるのか、それを解析することも重要なのです。
 空中での計測は、気球にセンサーを搭載し、高度およそ1000メートルまで上昇させて行います。1000メートルもの上空で行うのは、地表500メートル程度までといわれる大気乱流の影響を避けるためです。
 JAXAは、スウェーデン宇宙公社の協力を得て、2010年9月からスウェーデンのニート実験場で、ABBAシステムの実証実験を実施しました。超音速機(JAS39 Gripen)をD-SENDで供試体が落下する経路に合わせて飛行してもらい、その際に発生するソニックブームを空中と地上で計測することに成功しました。その解析結果は、D-SENDプロジェクトに反映されています。
 D-SENDプロジェクトで得られた落下軌道データやソニックブーム計測データ、落下試験に使用する試験隊の形状データは、D-SENDデータベースとして国内外の研究者に公開されていて、今後の低ソニックブーム技術の研究やSST設計に役立てられることになります。

■2011年に実験を実施し計測に成功したD-SEND#1

 D-SEND#1は、2011年5月にスウェーデンのエスレンジ実験場(ESRANGE SPACECENTER)で実施されました。1回目の落下実験が5月7日、2回目が16日に行われています。それぞれの実験では、2種類の供試体を落下させました。どちらの供試体も先端を尖らせ、後方に安定翼をつけた円柱のような軸対称の形状ですが、一方は低ソニックブームの設計を適応していない、N型の圧力波形が発生する供試体(NWM:N-Wave Model)で、もう一方は低ソニックブームの設計技術を用いて設計した、低ソニックブームの供試体(LBM:Low-Boom Model)となっています。LBMの方が、NWMよりも先端部が長くなっています。低ソニックブームの設計を確認するためのLBMだけでなく、NWMを使用するのは、きちんと計測ができているかを確認するためと、LBMの結果と比較することでどの程度の効果があったのかを知るためです。
 2種類の供試体は、バルーンに吊されて高度20キロメートル以上の高さまで運ばれ、約10秒間隔で連続的に切り離され、落下しました。供試体に搭載されたGPS装置で現在位置は把握できますが、バルーンは風によって流されるため、切り離した後どこに落下するかは分かりません。そこで、縦約100キロメートル、幅約60キロメートルの広さを持つ実験場のどこに落ちても計測ができるよう、4か所に計測システムを配置しました。
 一回目の実験では、高度約21キロメートルで分離を行い、速度はおおよそマッハ1.4まで到達しました。二回目は高度約27キロメートルで分離し、およそマッハ1.7まで到達しました。それぞれの実験において、無事に計測が行われ、低ソニックブームの設計による効果が確認されました。

■第二フェーズは2013年に実施される

 D-SENDプロジェクトの本試験にあたるD-SEND#2は、D-SEND#1と同じくスウェーデンにおいて2013年内に実施される予定です。D-SEND#2の目標は、第一に低ソニックブーム設計の効果を実証すること、第二に供試体の起こすソニックブーム観測技術の確立、そして第三に低ソニックブームの伝播解析技術の検証となっています。
 D-SEND#2で使用される供試体は、D-SEND#1で使用した軸対称形状ではなく、低ソニックブーム技術を反映した、実際の航空機に近い3次元揚力体(S3CM: S-cube Concept Model)となっています。S3CMの全長は約8メートル、重さは1000キログラム。主にアルミ合金でできています。2012年11月から12月にかけて、栃木県宇都宮にある富士重工宇都宮製作所で全機構造強度試験が行われ、無事にパスしました。試験後、期待は白色に塗装されました。上昇中に太陽光を吸収しにくくするためです。
 D-SEND#2では、S3CMをバルーンで上昇させ、高度30キロメートル地点で切り離します。航空機と同様に翼を装備しているため、垂直に落下するのではなく、およそ50度の角度で滑空します。この時の落下速度は、マッハ1.3程度になると考えられています。
 落下後、供試体は地表に激突し、土中に埋もれてしまいます。残念ながらNEXSTの実験機のように、軟着陸させるためのパラシュートを装備する余地は供試体にはない。いわば、一発勝負の貴重な実験となっています。

静粛超音速機の模型。JAXA調布飛行場分室にて撮影。

 JAXAでは、2025年前後をひとつの目標として、小型SSTの研究開発を進めています。D-SENDプロジェクトは、そのために必要なステップのひとつであり、世界的なソニックブーム低減の流れの中で、将来の低ソニックブーム観測手法のスタンダードとなりうる可能性をも持った実験です。将来、SSTでの国際間飛行が現実のものとなったとき、日本の技術が世界で認められるためにも、実験の成否に大きな期待がかかっています。

 いきなり記事っぽい内容の投稿ですが、実はこの文章、サンプルとして作ったものが元になっています。諸般の事情で陽の目を見ることがなくなってしまったので、いろいろと加筆してブログで公開することにしました。
 それにしても、自分の書いた文章を読み直すとやたらとミスが目につきます。急いで仕上げたってこともありますが、それにしても…。編集さんの努力を改めて思い知らされます。
 最後に。この記事の作成にあたっては、2011年1月に行った取材と、JAXAのサイトおよび「航空プログラムニュース No.27」を参考にしています。

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